テンプレート: 先頭固定表示

テンプレート: 先頭固定表示

先頭固定表示投稿です。

以下を確認してください。

  • 先頭に固定表示する投稿は、何らかの形で通常の投稿と差をつけてその違いが認識できるようにしてください。post_class() 関数を使って投稿の class を生成している場合、.sticky クラスにスタイルを追加できます。この方法が最適なやり方です。
  • ブログのインデックスページでは、もし時系列的に後の方に出現する投稿であったとしても一番先頭に表示されるべきです。
  • 時系列的に正しい位置でももう一度表示されるべきです。その際には固定表示向けの特別なスタイルは必要ありません。
  • 人気の投稿やコメントを一覧表示するプラグインやウィジェットを使っている場合、この先頭固定表示投稿が実際に人気があるのではない限りは常に上位表示されないようにしてください。

追儺

追儺

追儺

森鴎外

悪魔に毛を一本渡すと、霊魂まで持つて往かずには置かないと云ふ、西洋の諺がある。
あいつは何も書かない奴だといふ善意の折紙でも、何も書けない奴だといふ悪意の折紙でも好い。それを持つてゐる間は無事平穏である。そして此二つの折紙の価値は大して違つてはゐないものである。ところがどうかした拍子に何か書く。譬へば人生意気に感ずといふやうな、おめでたい、子供らしい、頗る sentimental なわけで書く。さあ、書くさうだなと云ふと、こゝからも、かしこからも書けと迫られる。どうして何を書いたら好からうか。役所から帰つて来た時にはへと/\になつてゐる。人は晩酌でもして愉快に翌朝まで寐るのであらう。それを僕はランプを細くして置いて、直ぐ起きる覚悟をして一寸寐る。十二時に目を醒ます。頭が少し回復してゐる。それから二時まで起きてゐて書く。

経世の学、また講究すべし

経世の学、また講究すべし

経世の学、また講究すべし

福沢諭吉

ある人いわく、慶応義塾の学則を一見し、その学風を伝聞しても、初学のはいはもっぱら物理学を教うるとのこと、我が輩のもっとも賛誉するところなれども、学生の年ようやく長じて、その上級に達する者へは、哲学・法学の大意、または政治・経済の書をも研究せしむるという。
そもそも義塾の生徒、その年長ずるというも、二十歳前後にして、二十五歳以上の者は稀なるべし。概してこれを弱冠じゃっかんの年齢といわざるをえず。たとい天稟てんぴんの才あるも、社会人事の経験に乏しきは、むろんにして、いわば無勘弁の少年と評するも不当に非ざるべし。この少年をして政治・経済の書を読ましむるは危険に非ずや。政治・経済、もとよりその学を非なりというに非ざれども、これを読みて世の安寧を助くると、これを妨ぐるとは、その人に存するのみ。

慶応義塾学生諸氏に告ぐ

慶応義塾学生諸氏に告ぐ

慶応義塾学生諸氏に告ぐ

福沢諭吉

左の一編は、去月廿三日、府下芝区三田慶応義塾邸内演説館において、同塾生褒賞試文ほうしょうしぶん披露の節、福沢先生の演説を筆記したるものなり。

余かつていえることあり。養蚕ようさんの目的は蚕卵紙たねがみを作るにあらずして糸を作るにあり、教育の目的は教師を作るにあらずして実業者を作るにあり、と。今、この意味をおしひろめて申さんに、そもそも我が開国の初より維新後にいたるまで、天下の人心、皆西洋の文明をよろこびて、これに移らんとするに急なれば、人を求むることもまた急にして、いやしくも横文字読む人とあれば、その学芸の種類を問わず、その人物のいかんにかかわらず、これを用いたれども、限なきの用に供するに限あるの人をもってす、もとより引足るべきにあらず。

D坂の殺人事件

D坂の殺人事件

字余りの和歌俳句

字余りの和歌俳句

字餘りの和歌俳句

正岡子規

短歌三十一文字と定まりたるを三十二文字乃至三十六文字となし俳諧十七字と定まりたるを十八字乃至二十二三字にも作る事あり。これを字餘りと云ふ。而して字餘りを用うるは例外の場合にて常に用うべきにあらずとは歌人俳諧師等が一般に稱へ來れる掟なり。されど此掟程いはれなき者はあらじ。

能因法師

能因法師

能因法師

岡本綺堂

藤原時代。秋のなかば。
洛外の北嵯峨。能因法師のいほり
藁葺の二重家體にて、正面の上のかたに佛壇あり、その前に經卷をのせたる經机を置く。
佛壇につゞきて棚のやうなものを調しつらへ、これに歌集または料紙箱れうしばこ、硯など色々あり、下のかたは壁にてその前に爐を設く。下のかた折曲りて竹の肱掛窓ひぢかけまどあり。家體の上のかたは奧の間のこゝろにて出入の襖あり。庭に面せる方は簾をたれたる半窓にて、窓の外には糸瓜へちまのぶら下りし棚あり。庭の下のかたに低き垣の枝折戸、垣のほとりには秋草咲けり。垣の外には榎の大樹あり。うしろには森、丘、田畑など遠く見ゆ。