追儺

追儺

追儺

森鴎外

悪魔に毛を一本渡すと、霊魂まで持つて往かずには置かないと云ふ、西洋の諺がある。
あいつは何も書かない奴だといふ善意の折紙でも、何も書けない奴だといふ悪意の折紙でも好い。それを持つてゐる間は無事平穏である。そして此二つの折紙の価値は大して違つてはゐないものである。ところがどうかした拍子に何か書く。譬へば人生意気に感ずといふやうな、おめでたい、子供らしい、頗る sentimental なわけで書く。さあ、書くさうだなと云ふと、こゝからも、かしこからも書けと迫られる。どうして何を書いたら好からうか。役所から帰つて来た時にはへと/\になつてゐる。人は晩酌でもして愉快に翌朝まで寐るのであらう。それを僕はランプを細くして置いて、直ぐ起きる覚悟をして一寸寐る。十二時に目を醒ます。頭が少し回復してゐる。それから二時まで起きてゐて書く。

D坂の殺人事件

D坂の殺人事件

台川

台川

台川

宮沢賢治

 

〔もうでかけましょう。〕たしかに光がうごいてみんな立ちあがる。こしをおろしたみじかい草。かげろうか何かゆれている。かげろうじゃない。網膜もうまくかんじただけのその光だ。
〔さあでかけましょう。行きたい人だけ。〕まだ来ないものは仕方しかたない。さっきからもう二十分もったんだ。もっともこのみちばたの青いいろの寄宿舎きしゅくしゃはゆっくりしてさわやかでよかったが。
これからまたここへ一遍いっぺん帰って十一時にはむこうの宿やどへつかなければいけないんだ。「何処どごさ行ぐのす。」そうだ、釜淵かまぶちまで行くというのを知らないものもあるんだな。〔釜淵まで、一寸ちょっと三十分ばかり。〕