能因法師

能因法師

能因法師

岡本綺堂

藤原時代。秋のなかば。
洛外の北嵯峨。能因法師のいほり
藁葺の二重家體にて、正面の上のかたに佛壇あり、その前に經卷をのせたる經机を置く。
佛壇につゞきて棚のやうなものを調しつらへ、これに歌集または料紙箱れうしばこ、硯など色々あり、下のかたは壁にてその前に爐を設く。下のかた折曲りて竹の肱掛窓ひぢかけまどあり。家體の上のかたは奧の間のこゝろにて出入の襖あり。庭に面せる方は簾をたれたる半窓にて、窓の外には糸瓜へちまのぶら下りし棚あり。庭の下のかたに低き垣の枝折戸、垣のほとりには秋草咲けり。垣の外には榎の大樹あり。うしろには森、丘、田畑など遠く見ゆ。

猫

宮沢賢治

(四月の夜、としった猫が)
友達のうちのあまり明るくない電燈の向ふにその年老った猫がしづかに顔を出した。
(アンデルゼンの猫を知ってゐますか。
暗闇で毛を逆立てゝパチパチ火花を出すアンデルゼンの猫を。)

泣いてゐるお猫さん

泣いてゐるお猫さん

泣いてゐるお猫さん

村山籌子


 ある所にちよつと、慾よくばりなお猫ねこさんがありました。ある朝、新聞を見ますと、写真屋さんの広告が出てゐました。
「写真屋さんをはじめます。今日写しにいらしつた方の中で、一番よくうつつた方のは新聞にのせて、ごほうびに一円五十銭差し上げます。」
 お猫さんは鏡を見ました。そして身体からだ中の毛をこすつてピカピカに光らしました。そして、お隣のあひるさんの所へ行きました。


「あひるさん、今日は。すみませんけど、リボンを貸して下さいな。」と言ひました。あひるさんは、リボンを貸してくれて、
「お猫さん、どうか、なくなさないでね。」と言ひました。お猫さんは、それを頭のてつぺんにむすんで、写真屋さんへでかけました。歩いてゐるうちに、
「早く行かないと、お客さんが一杯つめかけて来て、うつしてもらへないかも分らない。」と思ふと、胸がドキドキして歩いてゐられません。といつて、猫の町には円タクはなし、仕方がないので、大いそぎでかけ出しました。


 写真屋さんへ来ました。お猫さんはもう一度鏡の前で、身体からだをコスリ直しました。そして、頭を見ましたら、リボンがありません。あんまり走つたので、落してしまつたのです。
「さあ、うつりますよ。笑つて下さい。」と、写真屋の犬さんが言ひましたけれども、リボンのことを考へると、笑ひどころではありません。今にも泣きさうな顔をしました。


 写真をうつしてしまふと、お猫さんはトボトボとお家うちへ帰つて来て、鏡を見ました。涙がホツペタを流れて、顔中の毛がグシヤグシヤになつてゐました。
「これぢやあ、一等どころかビリツコだ。」と思ふと、又もや涙が流れて出ました。
「あひるさんのリボンを買つてかへすにもお金はなし……」と思ふと、又もや涙が流れ出ました。ところが、あくる日、おそる/\新聞を見ますと、
「泣いてゐるお猫さん。一等」と大きな活字で書いてありました。お猫さんはとびあがる程よろこびました。そして写真屋さんへ行つて一円五十銭もらひました。


 お猫さんはそれを大切にお財布に入れて、あひるさんの所へ行きました。行きながら、「リボン代をこのお金で払ふことにしやう。まあ、せいぜい五十銭位なものだから、一円はのこる。」と思ひました。


 お猫さんはあひるさんに言ひました。「どうか、リボンのお値段を言つて下さい。遠慮なくほんとの所を。」と言ひました。あひるさんは言ひました。ほんとの所を。「ほんとの所はあれは一円五十銭なんですの。」
 お猫さんはぼんやりしてしまひました。けれども仕方ありません。一円五十銭あひるさんに払ひました。お猫さんのお財布の中には幾銭のこつてゐますか? 皆さん、計算してください。

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