もう軍備はいらない

もう軍備はいらない

もう軍備はいらない

坂口安吾

原子バクダンの被害写真が流行しているので、私も買った。ひどいと思った。
しかし、戦争なら、どんな武器を用いたって仕様がないじゃないか、なぜヒロシマやナガサキだけがいけないのだ。いけないのは、原子バクダンじゃなくて、戦争なんだ。
東京だってヒドかったね。ショーバイ柄もあったが、空襲のたび、まだ燃えている焼跡を歩きまわるのがあのころの私の日課のようなものであった。公園の大きな空壕の中や、劇場や地下室の中で、何千という人たちが一かたまり折り重なって私の目の前でまだいぶっていたね。

帽子のない水兵

帽子のない水兵
まだ横須賀行の汽車が電化しない時のことであった。夕方の六時四十分ごろ、その汽車が田浦を発車したところで、帽子をかぶらないあおい顔をした水兵の一人が、影法師のようにふらふら二等車の方へ入って往った。
(またこの間の水兵か)
それに気のいた客は、数日前にもやはりそのあたりで、影法師のようなその水兵を見かけていた。その時二等車の方から列車ボーイが出て来た。
「君、この間も見たが、今二等車の方へ往った水兵は、なんだね」
列車ボーイは眼をくるくるとさした。

六日間

六日間

六日間

(日記)

與謝野晶子

三月七日
机の前に坐ると藍色の机掛つくゑかけの上に一面に髪の毛の這つて居るのが日影でまざまざと見えた。私はあさましくなつて、何時いつの間にか私の髪がこんなに抜けこぼれて、さうして払つてもどうしても動かずに、魂のあるやうにかうして居るのかとじつと見て居た。さうすると落ち毛が皆一寸五分位の長さばかりであるのに気がついた。また昨日きのふの朝八みねの人形の毛が抜けたと云つて此処ここへ来て泣いて居たのを思ひ出した。頭が重い日である。

猫

宮沢賢治

(四月の夜、としった猫が)
友達のうちのあまり明るくない電燈の向ふにその年老った猫がしづかに顔を出した。
(アンデルゼンの猫を知ってゐますか。
暗闇で毛を逆立てゝパチパチ火花を出すアンデルゼンの猫を。)

ワーニカとターニャ

ワーニカとターニャ

ワーニカとターニャ

宮本百合子

黄色いモスクワ大学の建物が、雪の中に美しく見える。凍った鉄柵に古本屋が本を並べてる。
狭い歩道をいっぱい通行人だ。電車が通る。自動車が通る。
モスクワ大学のいくつもある門を出たり入ったりする男女の学生の年は、まるでまちまちだ。
九年制の統一労働学校(小学校)を出ていきなり入ったらしい子供っぽい青年たち、娘、カセ杖ついて、重そうな書類入鞄を下げ相当ふけた男女学生もいる。(革命の国内戦やヨーロッパ戦争で負傷した人々だ。)みんなは笑ったり、喋ったり、または誰も対手にしないで片手をポケットへつっこみ、ズンズン歩いてく皮帽子の女学生もいる。

癩

島木健作

新しく連れて來られたこの町の丘の上の刑務所に、太田は服役後はじめての眞夏を迎へたのであつた。暑さ寒さも肌に穩やかで町全體がどこか眠つてでも居るかの樣な、瀬戸内海に面したある小都市の刑務所から、何か役所の都合ででもあつたのであらう、慌ただしく只ひとりこちらへ送られて來たのは七月にはいると間もなくの事であつた。太田は柿色の囚衣を青い囚衣に着替へると、小さな連絡船に乘つて、翠巒のおのづから溶けて流れ出たかと思はれる樣な夏の朝の瀬戸内海を渡り、それから汽車で半日も搖られて東海道を走つた。

闇汁図解

闇汁図解

闇汁圖解

子規

一、時は明治卅二年十月二十一日午後四時過、處は保等登藝須發行所、人は初め七人、後十人半、半はマー坊なり。
一、闇汁の催しに群議一決して、客も主も各物買ひに出づ。取り殘されたる我ひとり横に長くなりて淋しげに人々の歸を待つ。
一、おくればせに來られし鳴雪翁、持寄りと聞いて、※(「勹<夕」、第3水準1-14-76)々に出で行きたまふ。出がけに「下駄の齒が出て來ても善いのですか」と諧謔一番。
一、一人歸り二人歸り、直に臺所に入りて、自ら洗ひ自ら切る。時にクス/\と忍び笑ふ聲、忽ちハヽヽヽヽとどよみ笑ふ聲。
一、準備出來る迄に一會催すべしとの議出づ。座上柿あり、柿を以て題とす。鳴雪翁曰く十句の時は屹度句が失せますと。果して然り。
一、飄亭、青々後れて到る。物無く句無し。

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マードック先生の『日本歴史』

マードック先生の『日本歴史』

マードック先生の『日本歴史』

夏目漱石

先生はやくの如く横浜総領事を通じてケリー・エンド・ウォルシから自著の『日本歴史』を余に送るべく取りはからわれたと見えて、約七百頁の重い書物がその後ならずして余の手に落ちた。ただしそれは第一巻であった。そうして巻末に明治四十三年五月発行と書いてあるので、余は始めてこの書に対する出版順序に関しての余の誤解をさとった。

葉
えらばれてあることの
恍惚こうこつと不安と
二つわれにあり
ヴェルレエヌ

死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目しまめが織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。

ノラもまた考えた。廊下へ出てうしろの扉をばたんとしめたときに考えた。帰ろうかしら。

私がわるいことをしないで帰ったら、妻は笑顔をもって迎えた。

泣いてゐるお猫さん

泣いてゐるお猫さん

泣いてゐるお猫さん

村山籌子


 ある所にちよつと、慾よくばりなお猫ねこさんがありました。ある朝、新聞を見ますと、写真屋さんの広告が出てゐました。
「写真屋さんをはじめます。今日写しにいらしつた方の中で、一番よくうつつた方のは新聞にのせて、ごほうびに一円五十銭差し上げます。」
 お猫さんは鏡を見ました。そして身体からだ中の毛をこすつてピカピカに光らしました。そして、お隣のあひるさんの所へ行きました。


「あひるさん、今日は。すみませんけど、リボンを貸して下さいな。」と言ひました。あひるさんは、リボンを貸してくれて、
「お猫さん、どうか、なくなさないでね。」と言ひました。お猫さんは、それを頭のてつぺんにむすんで、写真屋さんへでかけました。歩いてゐるうちに、
「早く行かないと、お客さんが一杯つめかけて来て、うつしてもらへないかも分らない。」と思ふと、胸がドキドキして歩いてゐられません。といつて、猫の町には円タクはなし、仕方がないので、大いそぎでかけ出しました。


 写真屋さんへ来ました。お猫さんはもう一度鏡の前で、身体からだをコスリ直しました。そして、頭を見ましたら、リボンがありません。あんまり走つたので、落してしまつたのです。
「さあ、うつりますよ。笑つて下さい。」と、写真屋の犬さんが言ひましたけれども、リボンのことを考へると、笑ひどころではありません。今にも泣きさうな顔をしました。


 写真をうつしてしまふと、お猫さんはトボトボとお家うちへ帰つて来て、鏡を見ました。涙がホツペタを流れて、顔中の毛がグシヤグシヤになつてゐました。
「これぢやあ、一等どころかビリツコだ。」と思ふと、又もや涙が流れて出ました。
「あひるさんのリボンを買つてかへすにもお金はなし……」と思ふと、又もや涙が流れ出ました。ところが、あくる日、おそる/\新聞を見ますと、
「泣いてゐるお猫さん。一等」と大きな活字で書いてありました。お猫さんはとびあがる程よろこびました。そして写真屋さんへ行つて一円五十銭もらひました。


 お猫さんはそれを大切にお財布に入れて、あひるさんの所へ行きました。行きながら、「リボン代をこのお金で払ふことにしやう。まあ、せいぜい五十銭位なものだから、一円はのこる。」と思ひました。


 お猫さんはあひるさんに言ひました。「どうか、リボンのお値段を言つて下さい。遠慮なくほんとの所を。」と言ひました。あひるさんは言ひました。ほんとの所を。「ほんとの所はあれは一円五十銭なんですの。」
 お猫さんはぼんやりしてしまひました。けれども仕方ありません。一円五十銭あひるさんに払ひました。お猫さんのお財布の中には幾銭のこつてゐますか? 皆さん、計算してください。

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